124.9 兵家 strategist/tactician



孫子呉子・尉繚子・六韜・三略・司馬法・李衛公問対


先秦思想とは

 先秦思想とは、諸子百家(しょしひゃっか)と同じ、中国の春秋戦国時代に現れた学者・学派の総称。「諸子」は孔子、老子、荘子、墨子、孟子、荀子などの人物を指す。「百家」は儒家、道家、墨家、名家、法家などの学派などを含む秦による統一王朝成立前の思想をさす。
 春秋時代に多くあった国々は次第に統合されて、戦国時代には7つの大国(戦国七雄)がせめぎ合う時代となっていった。諸侯やその家臣が争っていくなかで、富国強兵をはかるためのさまざまな政策が必要とされた。それに答えるべく下克上の風潮の中で、下級の士や庶民の中にも知識を身につけて諸侯に政策を提案するような遊説家が登場した。 諸侯はそれを食客としてもてなし、その意見を取り入れた。さらに諸侯の中には斉の威王のように今日の大学のようなものを整備して、学者たちに学問の場を提供するものもあった。
 その思想は様々であり、政治思想や理想論もあれば、実用的な技術論もあり、それらが渾然としているものも多い。墨家はその典型であり、博愛主義や非戦を唱えると同時に、その理想の実践のための防御戦のプロフェッショナル集団でもあった。儒家も政治思想とされるものの、同時に冠婚葬祭の儀礼の専門家であった。兵家は純粋な戦略・戦術論を唱える学問と考えられがちであるが、実際には無意味な戦争の否定や富国強兵を説くなどの政治思想も含んでいた。
 百家争鳴の中で、秦に採用されて中国統一の実現を支援した法家、漢以降の王朝に採用された儒家、民衆にひろまって黄老思想となっていった道家が後世の中国思想に強い影響を与えていった。また、兵家の代表である孫子は、戦術・政治の要諦を見事に短い書物にまとめ、それは後の中国の多くの指導者のみならず、世界中の指導者に愛読された。一方で墨家は、儒教の階級主義を批判して平等主義を唱え、一時は儒家と並ぶ影響力を持ったが、その後衰退している。


兵家とは

兵家(へいか)は、中国古代の思想で、諸子百家の一つ。軍略と政略を説く。兵家の代表的な理論には「孫子の兵法」がある。孫子の兵法は13の篇からなる書物で今でも各国で研究されている歴史的な理論である。それらは「始計篇」「作戦篇」「謀攻篇」「軍形篇」「勢篇」「虚実篇」「軍争篇」「九変篇」「行軍篇」「地形篇」「九地変」「火攻篇」「用間篇」と呼ばれる。

始計篇

孫子の兵法の第1章のはじめは「孫子曰く、兵は国の大事なり。死生の地、存亡の地、察せざるべからざるなり。」という文から始まる。これは戦争は国にとって深刻な問題であり、人民の死生や国家の存亡をかけた一大事であることをしっかりと認識すべきと主張し、好んで行うべきではなく、成り行きで行うべきではないことを暗示している。
下記の5つの要素について彼我の戦争遂行能力を比較してから開戦の決断をするように主張する。

    1. 道(君主と国民の信頼関係)
    2. .天(開戦の正当性、自己防衛のための大義名分等の外交的優位性)
    3. .地(主戦場での営陣、兵站の優位性)
    4. 法(信賞必罰、尚賢の徹底度)

これら5つの要素に鑑みて表面的な数によらない本質的な戦力を割り出し、まずは自国が優位であるかどうかの確認をするよう始計篇では主張している。

分類

『漢書』「芸文志」は、六つの大分類のうち一つを丸ごと兵家にあて(「兵書略」)、さらに兵家を?兵権謀家・?兵形勢家・?兵陰陽家・?兵技巧家の四種に細分している 。兵権謀家は他の三種の兵法を用いつつ国家的計略を立ててから実際の戦争行為に至るまでを含む大局的戦略を扱い、兵形勢家は変幻自在の策によって素早く敵を制する局所的戦術を扱い、兵陰陽家は陰陽家の五行思想を取り入れた超自然的な兵法を扱い、兵技巧家はいわゆる武術を扱う。






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