Politics ideology





新自由主義とは

新自由主義は、「新しい自由主義」を主張する思想や諸政策であるが、歴史的には複数の用語の日本語訳として使われている。一つは19世紀末のイギリスで興ったニューリベラリズム(英: New Liberalism)で、当時の個人主義的で自由放任主義的な古典的自由主義に対して、自由な個人の実現のためには国家による社会の改良が必要であるとする思想。
一般には1980年代から盛んになったネオリベラリズム(neoliberalism)で、ケインズ主義やフォーディズムによる福祉国家(修正された自由主義)の行き詰まりを、市場原理を中心とする古典的自由主義で解決しようとする諸思想諸政策(イデオロギー、統治様式、政策。
経済的自由主義・自由貿易・自由市場・民営化・規制緩和など、現代社会における民間部門の役割を拡大させようとすることを指す。今日ではこの用語は、政府の規制緩和と民間役割拡大の政策を軽蔑する目的で用いられる。

概説

新自由主義の思想は、個人の自由と尊厳を守るために、私的所有、法の支配、自由市場、自由貿易のような経済的自由が必要であり、このような自由に支えられた社会はより多くの個人を幸福にすると主張し、福祉政策は全体主義に繋がるとして批判する。統治様式は、国家行政が官僚によって計画的に社会を統治するのではなく、市場原理や民間企業の経営方法を行政に導入することで効率的で質の高い公共サービスの提供を目指す、ニュー・パブリック・マネジメント(NMP)と言われるような方法をとり[7]、社会全体に市場原理を適用する。政策は、主に経済に関する規制緩和、商業・産業の自由化、国営企業の民営化という三つの原理が含まれ、大企業や高額所得者の減税、社会保障の削減、インフレ抑制を目指す金利政策、小さな政府、労働運動の抑制、経済のグローバル化といった政策が組み合わされる[9]。1960年代から70年代の経済停滞と政府の財政悪化はこれらの政策が解決するとされ、多くの国で政策に取り入れられた。新自由主義を主張した主な学者・評論家にはミルトン・フリードマン、ジョージ・スティグラー、ゲーリー・ベッカー、ジェームズ・M・ブキャナンなどがいる。また新自由主義に基づく諸政策を実行した主な政治家にはロナルド・レーガン、マーガレット・サッチャー、中曽根康弘、などがいる。

歴史

第二次世界大戦後から1970年代ごろまで、先進諸国の経済政策はフォーディズムとも呼ばれるケインズ主義が主流であった。これは、政府が完全雇用を目指して積極的に経済に介入し、公共事業による景気の調整、主要産業の国家によるコントロールなどを推進し、国家が経済に積極的に介入して、潤沢な財政支出により製造業を中心とした産業や貿易を振興して経済成長を図った。それぞれの製造業は、効率的な大量生産を行い、労働組合の強い運動で、高賃金が支払われた。労働者向けにはさらに、年金・失業保険・医療保険等の社会保障の拡充、個人の社会権(実質的な自由)などの保障を行って、人々を資本主義の中に主体的に統合し資本主義経済を安定化させる社会統合が図られた。これが、大量生産と大量消費の一致による資本の高蓄積を生み出して恐慌を回避させ、労働者には潤沢な消費財に囲まれて、意識が保守化して、革命が回避された。
1973年のオイルショックを契機として、企業は高コストに見舞われ、また政府は財政危機に陥って、スタグフレーションが世界を襲い、フォーディズムの維持は困難となった。「大きな政府」、「福祉国家」と呼ばれる体制は、政策の有効性への疑問を招き、マネタリストやサプライサイダー(供給重視の経済学)からの批判にさらされた。当時、イギリスは「英国病」と揶揄された慢性的な不況に陥って財政赤字が拡大し、アメリカでもスタグフレーションが進行し失業率が増大した。こうした行き詰まりの状況を生み出した責任が国家による経済への恣意的な介入と政府部門の肥大化にあるという主張である。そして、フォーディズムに代わる資本主義の調整様式として、新自由主義が唱導された。 既に、1970年代に、チリではチリ・クーデターによって政権を握ったアウグスト・ピノチェト将軍がミルトン・フリードマンの影響下にあるシカゴ学派のマネタリストを登用して、それまでの輸入代替工業化政策から世界初の新自由主義的な経済政策に移行したが、主要先進国で登場したのは1980年代であり、新自由主義そのものも1980年代にその名が付けられたともされる(ハイエクの新自由主義論:1986年)。それが基盤とする新古典派経済学が、英国・米国を中心として発展してきたところから、新自由主義は、まず、米・英とその覇権下にある国々に広まった。すなわち、英国のマーガレット・サッチャー政権によるサッチャリズム、米国のロナルド・レーガン政権によるレーガノミクスと呼ばれる経済政策である。サッチャー政権は、電話・石炭・航空などの各種国営企業の民営化、労働法制に至るまでの規制緩和、社会保障制度の見直し、金融ビッグバンなどを実施し、労働者を擁護する多くの制度・思想を一掃した。レーガン政権も規制緩和や大幅な減税を実施し、民間経済の活性化を図った。また、同時期、日本においても中曽根康弘政権によって通信、鉄道など三公社五現業の民営化が行われた。 さらに、ビル・クリントン政権の経済政策、いわゆるワシントン・コンセンサスにより、新自由主義はIMFや世界銀行を通じて世界中に広められた。その政策パッケージを各国に受け入れさせることにより、アングロサクソン諸国の資本はより大きな資本移動の自由を手に入れた。1997年にアジア経済危機の打撃を受けた韓国では、金大中・盧武鉉両政権によって推進された新自由主義政策により、大きな財閥企業や銀行が米国資本に買収された。 こうしたなか、中国のように、ソ連・東欧の社会主義経済崩壊直後にとられた急進的な経済改革の手痛い失敗を教訓とし、台湾(中華民国)の経済政策やソビエト革命後の一時期に採用されたネップを参考にして、国家管理のもとで、マクロ経済の多くの部面を国家管理の下に置きつつ市場経済を導入している国もある。中国では、外国為替・金融政策で厳しい国家管理をしき、国営企業の比重が依然として高く、土地が国有で、戸籍制度のため国内労働力移動は完全に自由でなく、インターネットなどによる情報公開は規制され、以前からの社会主義が公式のイデオロギーとなっている。 中国では、2000年代からWTO加盟など自由貿易を推進し、対米輸出によって米国に強く依存するようになった[14]。国営企業の比重が依然として高いが、その「国営企業」の大半は改革開放によって利権を取得しやすい一握りの党幹部及びその家族の「家産」となっている部分も多い。とはいえ、政府を一党独裁で支配する共産党幹部が経営者であるということ自体が、中国における企業と国家との結びつきを反映している[15]。また、資源はスポットで市場から買えばよいという戦略なき市場原理主義的発想にたつ日本に対して、中国は、積極的に世界中で資源権益の確保に奔走している。[16][注釈 1]インターネットなどによる情報公開については強く規制・弾圧され、以前からの社会主義が公式のイデオロギーとなっている。 中国、シンガポール、ベトナム、ウラジミール・プーチン大統領時代のロシア連邦、韓国などの経済体制は、ポジティブな資源外交他で大胆に採用した国家資本主義ないし東西冷戦期の韓国やインドネシアのような開発独裁国家ないしは開発主義国家とされる。これらの国々では、新技術導入などによる生産の高度化や貿易市場の拡大、そして投機資金に対する規制などに積極的に政府が介入し続けているため、経済成長が着実に進み、それによって雇用が拡大して人々の消費も豊かとなって、ネオリベラリズムを導入し、政府が経済への介入から退き、金融危機に常に苛まれるに至った日本などの諸国が立ち遅れるに至った。
また、フランス・ドイツなど大陸EU諸国では新自由主義政策が採用される一方、EU域内の結束を図るなど共同体的な思想が生き続けている。特に、フランスではインターネットに代表されるグローバリゼーションの功績を認めた上、アルテルモンディアリスムの試みが草の根レベルで進められている。



提案する政策

新自由主義は、経済の主導権を公的セクターから民間セクターに委譲することを模索しそれによって更に効率的な政府運営を成し遂げ、かつ国家経済が健全となると提唱する。 新自由主義による政策提言の具体例は、ジョン・ウィリアムソンによるワシントン・コンセンサスとされ、これはワシントンに本部を持つ経済組織(IMFや世界銀行など)らのコンセンサスとされる政策提言リストである。
ウィリアムソンのリストの要点は以下の10である。

評価

「社会などというものは無い(There is no such thing as society)」と説き、また、「市場の代替物は無い(There is no alternative to market)」として市場を絶対視したサッチャーの下、自助の精神が取り戻されたと評価されている。 また、日本におけるバブル後不況の克服も新自由主義的改革の成果と評価されることもある。なぜならば、小泉政権期において、小渕政権期に高止まりしていた実質実効為替レートを押し下げ、輸出の好調により、失業率・有効求人倍率や中小企業倒産件数は大幅に改善した。しかし、失業率・有効求人倍率が改善したとはいえ、その中身をみると、1998年(2月)から2007年(1-3月)までの10年間で、非正規雇用が1173万人から1726万人へと増加する一方、正規雇用は同時期に3794万人から3393万人と大幅に減少している。また、デフレ傾向が続いたため企業が労働者に支払った給与の総額は、1998年から2007年の10年間に222兆8375億円から201兆2722億円と、約22兆円も減少しており、労働者の平均給与は465万円から437万円に低下するなど、減少傾向が続いた。

批判

新自由主義は冷戦に勝利をもたらした思想として世界中に広まり、1992年頃に思想的に全盛期を迎えたが、労働者に対する「自己責任」という責任転嫁は、格差社会を拡大したとの批判もあり、また、チリにおけるシカゴ学派の功績は事実と大きく異なると主張しているジョセフ・E・スティグリッツは新自由主義的な政策で国民経済が回復した国は存在しないと主張している。
韓国ではIMF管制下で新自由主義路線をとった金大中政権下で20万人以上もの人々が失業し、事実上「刑死」(=失業による自殺)に追い込まれた者も多い。その後を受けた盧武鉉政権では「左派新自由主義」の名の下に格差の解消に取り組んだが、根本的な政策転換はなされないまま格差がさらに広がる結果となり、経済が回復しても正規雇用が増えずに非正規雇用が増加する「両極化」が大きな社会問題となった。2008年に発足した李明博政権は、法人税減税と規制緩和を中心とした新自由主義政策を実施している。 20世紀末の西ヨーロッパでは、新自由主義の台頭を受け、イギリス労働党のトニー・ブレアが唱え、公正と公共サービスの復興を訴える第三の道に代表される中道左派政党を含む政権が台頭した。ユーロ同入前夜である97年の時点で、イギリス、フランス、イタリアといったEUを構成する主要三ヶ国に加え、スウェーデン、ポルトガル、ギリシャを含めた6ヶ国が与党となっていた。
日本では元京都大学准教授の中野剛志が新自由主義はインフレ対策であり、バブル崩壊後の新自由主義的な構造改革はデフレの克服に貢献しなかったどころか、デフレの原因ですらあったとしているほか、著書などで批判もしている。
水岡不二雄によると、ネオリベラリズムは、狭義には、規制緩和・民営化・社会福祉切捨てなど現実の政府が取る諸政策をいう。また、広義には新古典派経済学を基礎とし、市場機能を歪めるとされる政府による介入は民間では適切に行えないものに限定すべきとする市場原理主義思想に基づいて、狭義のネオリベラリズムの政策を推進することにより、資本蓄積と社会統合を図る、資本主義の調整様式のひとつである。 資本主義経済は、恐慌と革命を封じ込めなければ持続性を持ち得ない。新自由主義は、これを実現するために、新古典派経済学の諸前提を宗教の聖典のように絶対化して、この前提を、経済・社会のすべての個人・集団によって実践されるべき規範にまで高め、自己責任や、他者をうらやまない「no-envy」思想などを中心とする市場原理主義の経済思想を作り出した。これに基づき、低福祉、低負担、自己責任を基本として小さな政府を推進する、ネオリベラリズムの諸政策が遂行された。具体的には、製造業に代わり金融業が経済の中核部門にすえられ、均衡財政、福祉・公共サービスなどの縮小、公営事業の民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争促進、労働者保護廃止などが推進された。原子的経済人に擬制された諸個人や国家は、絶え間ない競争状態におかれ、市場原理主義思想を受け入れなければ「負け組」になるかも知れないという恐怖にさらされた。高度な金融技術によって組織された金融業が資本蓄積を保障する一方で、自己責任の原則のもと「負け組」となった人々は、政府や資本主義体制を批判しないよう誘導されて、革命が封じ込められ、資本主義の安定が図られた。これが、新自由主義である、と批判している。

新自由主義のパラドクス

新自由主義では、たとえば(1, 1)という配分より(2, 100)という効率性は高まるが公平の落ちた配分の方を是とすることが多く貧富の差を拡大させ得るので、1人1票の民主的な普通選挙を行えば、富裕層を無為に優遇する新自由主義政策を推進する政府は打倒されるという見解もある。 この「新自由主義のパラドクス」が急速に進行しているのが、1980年代後半から1990年代を通して、累積債務問題やハイパーインフレを背景に新自由主義の洗礼を受けたラテンアメリカであり、アルゼンチンのキルチネル政権、チリのバチェレ政権、ブラジルのルーラ政権、ウルグアイのバスケス政権、ペルーのガルシア政権などの中道左派ばかりか、ベネズエラ、ボリビア、エクアドル、ニカラグアで反米左派政権が誕生している。
また、新自由主義は性悪説的な人間観を前提としているが、そのような人間観を通して人々を見ると、人々はスキあらば常に隠れて不正な行為をしがちであると見なす。偽装やインサイダー取引などが数限りなく起こり、そのたびに監視のための組織やインフラが必要とされて、政府は肥大化していく。さらに、金融業が近年ますます不安定となっているため、政府が金融機関にたいし公的資金を大々的に注入することを強いられ、高額の財政負担が発生している。これにより、新自由主義の下で、かえって「大きな政府」が台頭し、国家財政の危機・国債の信認低下が深刻な問題となった。これも、「新自由主義のパラドクス」の一つといいうる。




新自由主義論 T

ここでは、ポストフォーディズムとして登場した新自由主義の歴史的背景を俯瞰し、こんごの展開を下記著書をたたき台として考察してみる。

『新自由主義−その歴史的展開と現在 』
デヴィッド・ハーヴェイ 20070310 渡辺 治 監訳,作品社,395p 2600.


<目  次>

序文
第1章 自由とはこういうこと
 新自由主義への転換はなぜ起こったか?/新自由主義理論の台頭/新自由主義化と階級権力/自由の展望

第2章 同意の形成
 アメリカにおける同意形成/イギリスにおける同意形成

第3章 新自由主義国家
 理論における新自由主義国家/緊張と矛盾/実践における新自由主義国家/新保守主義の台頭

第4章 地理的不均等発展
 新自由主義化のムービングマップ/新自由主義化の最前線(メキシコ・アルゼンチンの崩壊・韓国・スウェーデン)/地理的不均等発展のダイナミズム

第5章 「中国的特色のある」新自由主義
国内の変遷/対外関係の変遷/階級権力の再構築?

第6章 審判を受ける新自由主義
 新自由主義化のバランスシート/あらゆるものの商品化/環境の悪化/権利の両義性

第7章 自由の展望
 新自由主義の終焉?/オルタナティブに向けて

付録 日本の新自由主義――ハーヴェイ『新自由主義』に寄せて(渡辺治)
序 ハーヴェイ「新自由主義論」の問題提起と日本の位置
1 日本の新自由主義への動きは、いつ始まったのか?
2 日本の新自由主義の「敵」は誰か?
3 日本での新自由主義改革への合意は、いかなる特質をもつか?
4 新自由主義化と帝国主義化の併存
5 日本の新自由主義改革遂行過程のジグザグ
6 新自由主義国家の特殊性
7 新自由主義と新保守主義
8 日本の新自由主義の帰結と矛盾

訳者あとがき(森田成也)
基本用語解説
参照文献一覧
事項索引
人名索引


特別寄稿 新たな飛躍に向けて
新自由主義からデジタル・ケイジアンへの道


脚注及びリンク








 

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